[本セミナーについて]
これは、2012年と2013年に滋賀県立農業大学校の養成科の学生さん向けに話させていただいた内容です。彼らが、単なる農業生産者というよりも「アグリベンチャー」として立ち上がってもらえたら嬉しいなあと、「次代を担う農業生産者のモチベーションアップ」を狙って内容を構成しました。
[構 成]
はじめに/message
1:6次産業を理解するための基礎的な経営理論
2:6次産業の展開分野/展開の方向性
3:6次産業化の具体的ステップ
4:6次産業化の限界と対応方向
これから農業の世界で仕事をしてゆこうという若い皆さんへ、30年以上ビジネスの世界で活動してきた先輩として最初にエールを送ろうと思います。
これまで体験・経験してきたことは過去の話ですので、それが若い方たちへの参考になるのかどうかはわかりません。でも、人や社会あるいは世界はすべて時間軸の中で動いていますので、当然将来も現在の延長線上で起こります。
使えるものは使い意味のないものは捨てて、将来の自身の絵を描いて行ってほしいと思っています。
「今、簡単にモノが売れない」時代だという認識をまず持つ必要があります。
経済行為は作り手売り手だけが存在して行われるものではありません。必ず買い手が存在してその間で「モノとお金の交換」が起こることで成立します。単純に言うと供給側がモノを作って需要側に供給し、需要側は対価としてお金を支払うことで一つのビジネスが完結します。
「そんなこと当たり前じゃないか。だからどうした?」と言われそうですが、問題は供給側の供給能力と買う側の購買能力の大きさがイコールじゃないということなんです。
1千年、2千年というような長い歴史の中で、ずーっと営まれてきている経済行為ですが、これを時間軸で見てみると図のような流れになります。
([需要>供給]の時代)
私も生まれていない戦後間もない頃から幼少に体験した時代です。まだ工場の生産能力が不足しているのに欲しい人がたくさんいるといった、いわゆる「モノ不足の時代」です。
この頃は単一の製品が大量に作られ市場に送り込まれていた時代で、「ついに、我が家にもテレビ(白黒)が入った」と家族で喜んでいました。まさに、売り手万々歳の時代です。
([需要=供給]の時代)
買い手である需要側は、所得が少しずつ増え「さらに豊かな生活を渇望する」ようになっています。
供給側も、市場が大きく「作れば売れる時代」でしたから、意欲のある事業者は一生懸命に効率的に生産するように技術を高め、供給能力が増加してゆきます。
すると、あるところで需要の購買力と供給側の供給能力が均衡するポイントにやってきます。
このような状況では、供給側は自社にとって最適な顧客層を絞り込んで、その層が喜びそうな商品を開発してゆきます。マーケティングの世界では「セグメント戦略」などといわれていました。
いわゆる「分け合いの時代」です。
([需要<供給]の時代)
需要側はそれなりに所得も伸びて買う力は失いません。
しかし、供給側は技術革新にドライブがかかって「質」「量」ともに飛躍的に伸びます。
完全な供給過多、つまり「モノ余りの時代」の到来です。
買い手は、こんなもの欲しいなあと思ったとき「大体それらしいもの」が何でも買える時代になります。そしてこの状況がさらに顕著になり、やがて「欲しいものが見当たらない状況」に至ってゆきます。
供給側でどのようなことが起こるかというと、「買われないものが[捨てられる]」状況が起こります。
コンビニの1店舗での平均弁当廃棄量は30個程度といわれています。年間1000億円に相当するらしく、これは世界で飢餓で困っている人たちの10億人を救えるとまで言われています。
コンビニだけの話ではありませんが、世界中の先進国で多種多様なアイテムが使われず廃棄されるという状況が起こっているそうです。
(そして未来)
技術革新のスピードが落ちると思われませんし、むしろさらに加速するでしょう。需要側は、多くの学者が指摘しているように、今の発展途上国も含めて急激にその購買力が高まるとは考えられず、緩やかな成長が予測されます。
ということは「超モノ余り時代」に発展してゆくということなのでしょうね。
つまり、「簡単にはモノが売れる」時代ではないということを認識する必要があります。
もし「今欲しいものを10挙げてください」と尋ねて、即座にあげられる人ってどれくらいいるのでしょう。学生さんですから結構あるかもしれませんね。でも即座にあげるほど強い欲求を持った欲しいものとなったら、、、
「まあ、なくても別に困らないし、、、」という方が結構多いようです。
需要と供給の関係だけでなく、日本人は世界で有数の豊かな国の一つだといわれています。
単純な一人当たりのGDPでは、世界の20位前後らしいのですが、英ケンブリッジ大学のパーサ・ダスグプタ教授が監修した国連の報告書では、真の豊かさを表す資産は、物的資産(機械、建物、インフラなど)、人的資産(国民の教育と技能)、自然資産(土地、森林、化石燃料や鉱物を含む)の3つだと研究されていて、これを見ると米国の富は117.8兆ドルで1位、日本の55.1兆ドルで2位、中国(20.0兆ドル)、ドイツ(19.5兆ドル)、英国(23.4兆ドル)となるそうです。
これを一人当たりに換算すると日本は1位。2位以下は米国、中国、カナダ、ノルウェーとなっているそうです。
モノ余りの時代の上に、世界一豊かな日本で商売するっていうのは、本当に大変なんです。
少し前段がくどくなりましたが、とても大切だと思っています。
では、このような状況で農業生産者が6次産業化に取り組むとしたら、どのような思考回路を持っていないといけないかを整理してみます。
まず、ビジネスは、
「お客様が適正に評価する【価値】を生み出し、提供し、対価を得るための《一連の活動》」
と考えてほしいのです。
そして、お客様は【多種多様】で一つの市場、一つの要求があるわけではありません。
そのため、
「どのようなお客様で、そのお客様のタイプは、どのような不満を持っていて、我々はその不満をこうやって解消するのか」
という一連のストーリーを想定するところからビジネスは始まります。
つまり、全てお客様が出発点になって、ビジネスは形成されます。
6次産業化とは、単に加工品を作ったり直売所を作ったりすることではありません。
単なる生産者から「ビジネスを行う者になること」への取り組みです。
従来型農業生産者は、JA様などを通じて供給していることが多く「最終市場との接点が少ない」という現実があります。そのため、どうしても「供給者の論理で考えてしまう」傾向があります。
このようなチャネルを活用するのはもちろん意味があるのですが、「新たな商品を開発して供給する」ことを考えた場合、先のように「モノ余りの時代」ですから「何が求められているのか」ということを真に考える必要があります。
極論ですが、「農業生産者だ」という意識をなくすところから6次産業化は始まります。
「困ったとき、わからない時は顧客に聞け」という言葉があります。
私は若い頃食品メーカーで営業をしていましたが、よく上司に言われたものです。
お客さんが何を求めているかは、まず聞くことから始まります。
そしてお客さんが話しきれないことを、あれやこれやと推測を働かせて「本当はこういうことを望んでいるのでは?」と仮説だてて何をするかを考えます。
つまり、「顧客を起点として物事を考える[ビジネスマンとしての思考回路を持つ]こと」が重要なんです。
農業生産者が、「ビジネスマンとして活動する」ことを念頭に置いた場合、やはり一定の経営に関わる知識は不可欠です。
経営理論っていうのは、「学者の数だけある」と言われているくらい多彩です。
みなさんは学者になるわけではありませんので、ビジネスマンが結構常識的に知っている比較的簡易な知識を身につけてください。
ここで取り上げるのは、4つ。
どうしても避けられない「競争」に関する知識、ビジネスの構造を理解するための「産業バリューチェーン」、そして売ってゆかなければ(買っていただかなければ)なりませんので、マーケティングの知識として「4Pと4C」及び販売価格を考える「コスト構造」です。
一つ目の知識「競争構造」です。冒頭で触れたように「モノ余りの時代」は、競争相手が山のようにいるという状況です。生産者の立場でいると市場との接点が少ないために、「競合を意識したことがない」という方が非常に多くおられます。「市場には必ず競争相手がいる」と認識することが大事です。
「3C」という理屈があります。
概念的なものですが、マーケティングや経営戦略を考える上で必須の考え方です。
3Cとは、「顧客(Customer)」「競争相手(Competitor)」そして「自社(Company)」の頭文字をとったもので、市場の競争構造を考えるフレームワークとしてよくつかわれます。
これは「一人のお客様を複数の供給者が取り合う」という構造を示しています。モノ余り=供給過多の時代では、お客様の立場から見たら「選び放題」という図式になります。
複数の供給者は、一人のお客様の興味を引くために、さまざまな提案(ラブコール)をしてお客様を引き寄せようとします。
この構造を自社を基点に考えてみると、
自社を選んでもらうために、「お客様の要望を的確に捉え」「競争相手よりも強力な(魅力的な)商品やサービスを提供し」「お客様の要求を満たす」行動をとる必要があることを示唆しています。
競争相手も同様な活動をして、お客様を引き寄せようとしますから、自社が競争相手に勝つには、「お客様の抱える問題を的確に認識し」「競争相手よりも優れた解決策を編み出し」「競争相手の提案を遮断すること」で、自社の優位性を実現しようとすることが大切だということが理解できます。
次は、業界の立ての構造を示す「産業バリューチェーン」です。
何やら聞きなれない言葉が出てきましたが、内容はいたって簡単で、素材から最終製品までの流れを示したものです。そんなの当たり前だよって言うようなレベルですが、現実の経営の現場に入るとこの単純なことが分からなく(忘れる?)ことが多いのです。
「バリューチェーン」というのは、日本語で「価値連鎖」と言います。
日本語にするとなおさら分かりにくいかもしれませんね。でも、簡単です。
生産者が育てた野菜が原材料となってジュースになり、それがパッケージに充填後殺菌されて日持ちのするパックになり、流通を通じて小売業の店頭に並ぶというような話です。
それぞれの過程で「価値がついてゆく(付加価値)」というものです。
この構造は、農業生産物に限らず多くの産業で形を変え存在しています。
また、この産業バリューチェーンの一つの過程を見ると、その中にはいくつかの工程が存在します。
例えば、製造の部分を見てみますと、「購買=資材調達」、「製造」、そして出荷というように一つの企業内でも付加価値を積み上げてゆきます。
このように、一つの産業は「複数の企業が手分けして」最終製品を消費者市場に送り出しています。そして、それぞれのセクションがそれぞれの役割りで業務を分担しながら付加価値を付け、次の工程に渡すことで最終的な商品の価値が創り上げられるのです。
需要と供給のバランスで触れましたように、競争相手と比べてどれだけ自社が優位性を示せるのかがカギとなることは理解されたと思います。
ここで大切になるのは、どのように自社の価値を顧客に伝えるかという手法の問題で、そこにいわゆるマーケティングの重要性が語られています。
マーケティングの古典ともいわれるジェローム・マッカーシーの書で、マーケティングに必要な要素の組み合わせとして「製品」「価格」「プロモーション」「流通」があるとされました。
これは消費者にまで自社の価値を伝えてゆく手順を表しており「より良い製品」を「お客様が対価として払える価格」で「特徴をわかりやすく伝え」「購入できるところに運んでゆく」ということを示しています。
ところが、需要<供給というモノ余りの時代の構図になっている今日では、このような売り手の論理が通用しにくくなってきています。
そこで、この4つの要素を「買い手の立ち位置」に置き換えた4Cという考え方があります。
「製品」に対し「顧客価値=お客様にとっての真の価値」、「価格」に対し「顧客の負担=お客様が負担してもよいという価格ゾーン」、「プロモーション(販売促進)」に対し、「コミュニケーション=お客様との双方向のコミュニケーションにより商品のメリットに対する理解と共感を呼ぶ」、「流通」に対し、「入手の容易性=いつでもどこでも入手できる環境の提供」というように、お客様の立場に立った施策を考える着眼点を誘因するものです。
「如何に売るか」というスタンスと「如何に納得して買っていただくか」というスタンスの違い。
「売り込まれるほど抵抗する」というのが買い手の基本的心理です。
お客様そのものになること、これが如何に重要で、それでいて難しいのかがよくわかります。
セブン&アイグループをけん引する鈴木会長は、ずーっと昔から「お客様のため」という言葉を否定し、「お客様そのものになって」と言い続けています。対岸の顧客を見るのではなく、対岸に渡って考えることを推奨されています。
6次産業化に取り組んでいる農業生産者とお話しする機会が結構ありました。
ところが、相当多くの経営者が「商品の価格」に関しての認識がかなり薄いと感じられます。
それは、農産物を生産・出荷するスタンダードな農業の場合所得に直結する「出荷価格」が興味の中心にある環境に長い間親しんできたことに由来するようです。
その状況で、いきなり末端の場(小売りの現場)に出ると、同じ商品でも今までよりもはるかに高い価格で販売できると勘違いしてしまいます。
昔、食品メーカーで営業をしていたころ「コーラの原液って、末端販売価格の1%程度らしいよ」という話を聞いたことがあります。真偽のほどは知りませんが、100円で販売している缶コーラの原料となるコーラの原液を日本のボトラーがアメリカの本部から買うのが1円くらいというらしいのです。
同様の話で、飲食業では食材比率というのがあります。仮に100円の料理があるとすると、それに使われている肉や野菜のコストはどれくらいかというものです。業種・業態によりますが、これは15%から多くても30%までと予想されます。
6次産業化に取り組むための基礎知識として、この「価格構造(コスト構造)」は十分に理解しておく必要があります。
図は、横軸に「産業バリューチェーン」を縦軸に「コスト」を置いたものです。チェーンの各セクションは、それぞれ付加価値を与えるために「経費と利益」を乗せて次に渡します。
農業生産者が、仮に直売所のような小売りに出るということは、このバリューチェーンの各セクションが担ってきた機能をコストをかけて自ら行う必要があるということを意味しています。
各セクションの獲得している利益分を取り込むのですからこの分は増えることになりますが、経費自体は自ら行わなければならないために、減らすことは難しいです。むしろ、各セクションが専門特化して効率的に業務を行っているために、これを生産者が行おうとすると経費増になる危険性もあります。
コスト構造を知ることは、自らが6次産業化のどの部分まで対応することが一番効率的か効果的かを考える土台になります。
6次産業化を進めるために必要な基本的な知識をもとに「6次産業化の展開方向性」について考えてみましょう。ここでは、6次産業化の提唱前から提案されていた農商工連携に関しても触れてみます。
まず認識しなければならない6次産業化の意味を整理します。
よく6次産業化とは「1次産業+2次産業+3次産業」(あるいは掛け算)です、というような説明がなされることがあります。言葉遊びのような話ですが、イメージは掴みやすいのでしょうか、結構生産者の方々は納得されているようです。
もっと深く基本的な知識で整理した産業バリューチェーンや価格構造をもとに考えてみますと違った見方が出てきます。それは、「6次産業化とは、1次産業のプレイヤーが2次産業~3次産業に乗り出すこと」です。そして、これが意味することは「既存の製造業や小売業と戦うこと」です。
食品メーカーや食品スーパーは、それぞれに長い歴史を背景に技術蓄積やブランド力を磨いてきました。それら業界の雄と素人が極論すると正面切って戦う構図なのです。
この中で「自分達らしさを発揮して」いかに生き残ってゆくかということを真剣に考えないと、6次産業化はおぼつきません。
最初にまずこのことを十分に認識しましょう。
さて、6次産業化の展開方向性は、この産業バリューチェーンから見てみると結構いくつかの塊に分けられます。
農産物を作り出荷するスタンダードな農業を「従来型農産物生産出荷」とし、これを起点に整理すると「加工素材製品(野菜などを一次加工したもの)を出荷する[加工素材型製品の供給]型」、さらに加工度を上げ「加工食品にして供給する[加工商品の供給]型」、また物流まで担って「既存小売業内に自分たちの商品を展開する[産地コーナーとしての展開]型」、そして「自ら小売業を行う[直売所・複合型事業展開]型」、というように産業バリューチェーンの川上に向かって展開の進度が高まります。
では、冒頭で触れました「農商工連携」はどのようなことを意味するのでしょうか?
これも、バリューチェーンを見るとよくわかりますが、1次産業である農業生産者が「製造セクタ/2次産業」「流通セクタ/3次産業」と密接に連携することでビジネスを成立させようとする取り組みとなります。
要約すると、6次産業化は農業生産者が自ら産業バリューチェーンの上流に進むこと、農商工連携はチェーンの上流の事業者と密接に連携するスタイルで上流に進むことと解釈できます。
このいずれの方向がよいのかは、生産者の考え方や体制にもよりますので、よく考えて取り組むことが大切でしょう。
6次産業化の展開方向性(展開分野)に近い事業を行っているのが実際にあるのかどうかをインターネットで探してみました。
現実にはもっとたくさん優れた取り組みがあると思いますが、類型化に近いという意味での例示ですのでご了解ください。
「素材型製品」を供給している例として「こと京都株式会社」様がありました。
同社は6次産業化の先進的な事例としてご紹介されていることが多く、ご存じの方も多いと思います。
九条ねぎを加工し、ラーメン屋さんに使ってもらうところからスタートし、現在は多くの量販店の野菜売り場で独自商品として販売されているようです。
「加工食品の供給」型の事例はたくさんあると思われます。
伝統的な味噌・醤油をはじめとして、ジャムやドレッシングなど多くの農業生産者が取り組んでいます。
組織的に取り組んでいる例として「農事組合法人グリーン日吉」様を今日は取り上げさせていただきました。
※この形の事例はたくさんありますので、興味深いところがありましたら随時追加したいと思います。
「直売所・複合型事業展開」の事例として「サンクゼール」を取り上げたいと思います。
サンクゼールのジャムやドレッシングなど、私自身も好きでショップに行くことがあるとよく買って食べます。
全国の百貨店などにショップを構えていますし、信州方面に旅行に行った時など「斑尾高原牧場」の名前はよく聞きました。
現在は「サンクゼールの丘」というワイナリーやレストラン、さらにウエディングのためのチャペルなども併設している複合施設を展開されているようです。
農業生産者の6次産業化の究極の姿に近いのかもしれません。
それでは、6次産業化に取り組むための具体的なステップはどうするのかを簡単に整理してみたいと思います。
まず、「6次産業化」という言葉に惑わされてはいけません。農業生産者が取り組むので特殊なものなのかというと全くそんなことはなく、企業経営で普通に行われている「事業計画」です
ただ、一つ異なるのは「事業計画など立てたことがない」という方が多い農業生産者が計画を立てるという点でしょう。
これは、創業者が創業計画を立てるのに似ていて、そもそも事業を行うにはどこからすすめたらよいかを考えることが出発点になります。
次項を見ながら、これを一緒に考えてみましょう。
事業計画のもとになるのは「事業企画」です。
よく「企画書が書けない」という方がいらっしゃいます。詳しく聞いてみると「企画書が書けない」のではなくて「企画ができない」ことが原因になっているケースが多くみられます。
事業企画は、「企画すること」と「企画書にまとめる」ことの2つに分かれます。
6次産業化計画の立案は、同様に「6次産業の企画構想」と「事業設計」に分けて作業することになります。
企画構想は「自身には何ができるのか?」「最終消費者が何を求めているのか?」「想定競合先はどこか?」そして「どのようにしたら勝てるのか?」を考えることです。
色々な事例を研究して真似をしようとすることもある意味大事ですが、「自身ができそうもないようなハイレベルなこと」を目指してもしょうがないと思います。
もちろん、少し上のステップを目指さないと成長がありませんから多少の背伸びは必要ですが。
「自身には何ができるのか?」。自分たちのやってきたこと、その特徴は何か?それがどう応用できるのか?。これを6次産業化の展開方向性を見ながら仮決めすることから始めましょう。
そして、お客様を想定して「品質を求めているのか?」「低価格を求めているのか?」「安全性を求めているのか?」など具体的な切り口をいくつも検討し、自分たちにできて競争相手がやりにくい分野を絞り込んでゆきます。
目指す形態がある程度決まったら、それを実現するための具体的な活動を時間軸に沿って計画することが必要になります。
そのために、まず「事業期間をどれくらいにするか」を決めます。もちろん、ずーっと長い期間事業を進めてゆくことを目指すのですが、スタート段階では当初の活動の到達点を決めることで進捗状況と対策が打ちやすくなります。
次に、「事業期間の最終年度にどのような状態になっていたいのか」をイメージします。生産量はどれくらいで、どれくらいの販路ができているのか。人員はどの程度で、設備はどれくらいのものが稼働しているのかなど「より具体的なイメージ」を持つことがカギです。
このイメージができると「現在の状況と比較して何が足らないのか」がわかります。
事業計画は、「この足らない部分を事業期間の中で『いつ』『どれくらい』『どのように』するかという活動計画を決める」ことです。
6次産業化事業計画を立案する際に、もう一つ重要な視点があります。
それは、「そもそも、どれくらいの事業規模を目指すのか」を考えることです。
事業化には資金も人も必要です。人脈も販路も求められます。
これらを獲得するためには相当のエネルギーや先行投資が必要になります。
仮に現状の生産者の所得が500万円程度だとしたときに、年間売上高3,000万円の新たな事業を立ち上げようというのはどう考えても無茶です。
事業の「規模感」というのはとても大切で、自身の体力を考えたうえで事業規模を想定することで、結果的に営業エリアや必要資金、活動の量などが決まってくるものです。
では、最後に「6次産業化の限界と対応方向」というテーマで、現実に近い課題を整理したいと思います。
6次産業化に取り組むということは、展開の方向性で見てきたように「産業バリューチェーンの上流に入っていくこと」を意味します。そして、説明したように「上流工程では、その分野のノウハウの塊」があるということを十分に認識する必要があります。
ですから、普通に考えると「真正面から戦ってはほぼ勝ち目はない」と思えます。
では、勝ち目がないのでする意味がないのかというとそんなことはないと私は考えます。
ただ、大きな事業にして上流工程の雄とまともに戦うのは危険でしょう。
なぜ農業生産者の作る商品あるいは売る売り場が意味があるのか?を追求するところに切り口はあります。
需要<供給のモノ余りの時代では、豊かな日本人は商品が有り余っているためその反動としてありきたりの商品やサービスでは満足しません。むしろ、自分にとって本当に意味のある商品を探しています。
生産者が作るモノのメリットはなにか?を追求することです。
農産物を生産・出荷を主体とする事業活動を行って来た農業生産者が、6次産業化で上流工程に乗り出すと様々なリスクが新たに発生します。
そのリスクに適正に対応すること、つまりリスクと戦うことが求められます。
特にその中で大きいのは、以下の3つのリスクと思われます。
「価格構造」で触れたように、上流工程の利益を取り込める可能性もありますが、一方でその経費も取り込まなければなりません。すでに説明しましたように、上流の各セクションは長い事業活動の中で積み重ねたコストダウン努力から相当程度の効率を実現しているはずです。
たとえば商品を運ぶ物流費を見てみると「共同配送」や「受発注業務や仕分けの自動化」などいろいろな仕組みを創り上げています。農業生産者がこの物流経費を単純に単独の運送会社に依頼した場合、上流工程の物流会社や卸売業よりもコストアップになる可能性があります。
一般的にメーカーや問屋と小売業間の取引条件は、商品の所有権により左右されることが多くなっています。たとえば仕入れ方法には、「全量買い取り仕入れ」「返品予約付仕入」「消化仕入」「委託仕入」などがあり、それぞれ所有権の移転条件などが加味されて仕入れ価格がきまるといったものです。
農業生産者が、自身の粗利益をより多く取ろうとすると「委託販売」が多くなると思いますが、これは所有権が農業生産者にあり、売れ残り商品に対する責任は常に所有者にあることになります。つまり、売れ残りリスクが常に発生する可能性があるということです。
6次産業化の中で「加工食品」を製造して販売するというケースに特に多いのですが、「資金繰りリスク」です。
自身で加工食品を作る場合はこのリスクは軽減されますが、製造設備を持たず(あるいは投資できない)自分たちのブランドの加工食品を作ろうとすると、一定量を委託生産することになります。
これは、販売できるだろうという見込みで製造すること、つまり入金よりも前に製造経費が先行支出することを意味します。
そして、仮に「売れ残りリスク」が現実のものとなったとき、売れ残り品分の資金がロックされたままになるという危険が発生します。
上述のようにリスクもあり、上流工程のプレヤーと戦わなければならいのですが、それでも「生産者の6次産業化は魅力がある」と思います。
モノ余りの時代は、食の世界では「飽食の時代」と表現されます。
「なんでもあるが欲しいものがない時代」と言い換えてもよいかと思います。
豊かな日本人は豊かであるが故、さらにその上のモノを欲しがります。しかし、その欲しいものが何なのか?が問題で、機能的な側面だけでは達成できない要求がモノづくり側に突き付けられます。
農業生産者がモノを作る、あるいは前に出る(小売りの現場に出る)ということは、商品の源流までさかのぼって消費者に情報や魅力を提示できるということです。
食品の産地偽装事件が絶えない今日では、この信頼性は「購入」の重要な決め手になると思われます。
近畿大学水産研究所の「近大マグロ」の大ヒットは有名な話ですね。
天然ものが当たり前のマグロの世界で、養殖で丁寧に育て提供することでブランド化が図られるということが起こっています。
農業生産者が上流にでてゆくことは、これと同様の可能性を秘めていると思われます。
消費者は、いま「使い分けの時代」に入っているといわれています。
自身の価値観やTPOにより購入する商品を使い分けることが当たり前になった時代、大手食品メーカーなどが提供している商品だけではこれらのすべてのニーズをすくうことはできません。
そこに農業生産者が6次産業に取り組む価値があると思います。
[若い皆さんへ]
これから社会そして農業分野に入ってゆこうという学生のみなさんには未知の世界かもしれません。
ただ、知らないからこそ「従来型の考え方にとらわれない」新しい取り組みを期待したいと思います。ぜひアグリ・ベンチャーとして成長してください。